打つ手がないなら根性で作れ、と言い聞かせる

またバタバタと忙しぶって時間ねーってピンチになっているんだけど、気力と体力と時間をふんだんに使って乗り切ろうとしています。

努力と根性。。

昭和ノリとか平成ノリは令和にはふさわしくないっていう感じの空気感を感じるけど、

令和のノリもいかがなもんか。

街ではスマホ歩きは当然、動画やSNSでは日々バズったり燃えたり。

一斉にケタ違いの衆目にさらされて。バッと見てサッと引いて。波が激しすぎておぼれそうだ。時代の流れはとても早い。

そのはずなのに、ぼんやりと周りを見ながら歩いていると、

なんだか似たような人間ばかりがいる…ように感じます。

個性的って、なんだ?

個性的な人が、世間から減っているように感じます。

いわゆるテンプレというか、みんないっしょというか。

「自称・個性的」のオレかっけーっていうのすら、似たりよったりになっているような。。

そう思ってしまうのは、時代とか経済とかの歴史の流れも影響はあると思う。

個性を見せつけるには、金が要る。

個性を見せつけるファッションアイテムを「作る」のにも、金がいる。

金があるところにはあるのはなんとなく知っているわけです。

バズった人間や功績をドカンとブチ上げた人間には、金が集まる。

その他大勢にならざるを得ない自称個性的が大量発生しているんじゃないか。

バブルが弾けて「失われた〇〇」という表現は最近はあまり聞かなくなったけど、

「選択肢が少ない(貧乏とも言う)時代を、長く過ごしすぎているのかもしれない。

経済発展の1950年代〜1980年代のバブル。

そんで今年は2021年。

そろそろ終戦→経済発展と、

バブルはじけた→令和までの年数が、だんだん同じくらいになってるんじゃないでしょうか。。

(ちょっといま眠いです、年代はざっくりです)

よろしい、ならば根性だ

じゃあどうすんのって話なんだけど、

経済発展あたりにふんだんに発揮されたであろう、「根性」とか「気力」とか

そういうのをあえて武器にしていくスタイルが結構アリなんじゃないかと思います。

胆力なんかと言い換えてもいいんだけど、

折れないこと、受け流すこと、信じ抜くこと、

それがー、一番だいじー

その大事なのをなにに使うかと言うと、「頭を使って行動する」を継続するために使う。根性を。

例をあげると、ガチで睡眠をとったり、酒でキャパオーバーまで飲まないとか。

「パフォーマンスを落とさないを、がんばる」…みたいな。

風呂に入って、股関節ストレッチして、ガチ寝

ここ数日、いろいろ寝るまでの流れをを試してるんですよ。

枕を折り曲げて頭の位置を高くしてみたり、足を高くして寝てみたり。

そんで「どうやらヒットだな」と実感しているのが、

・湯船に浸かって、

・お風呂上がりホカホカしてるうちに、股関節ストレッチをする(リンパの流れがなんやかんやで老廃物をブシャーしてくれるようです)、

・足のしたに枕とかクッションをかまして高くして、

・スマホをいじらずに、寝る。

やっぱりブルーライト見てると、風呂でせっかく神経落ち着きモードにしてるのにまた活動モードになっちゃいますからね。

スマホはお風呂まで。なるべく。お風呂上がりは、音楽かけたりする程度で、なるべく見ない。

特に股関節ストレッチが結構イイ。

起きた時、体が回復してる感が増す。ような気がする。

やっぱり血流とか、流れって大事。

いい流れを作るために、根性を「使おう」

いろんな流れがあって。

時代とか、金の流れとか、血流とか。

止めないことが、新しい力を生む。

「滞り無く流れろ、酸素を回せ」ってやつです。(ハイキューの音駒高校ね)

だからそのために、根性を使おう。

根性は、なしとかアリとかじゃなくて

「使う」ものなんじゃないかと思い始めました。

もともと持ってるモン。使い慣れてるヤツが、諦めなかったりするんでしょ。

挑戦がバズるまでやめないとか、勝つまでやるとかさ。

それこそSuicaみたいにピッと。QRコード決済のようにピピッと。

初見だとおっかなびっくりするようなアクションも、日常に溶けたらそれがフツーになる。

「根性」もそういうもんだと、言い聞かせることにします。

今日もぼくは根性をつかいました。

ナウで使ってる。

だってコレ書いてるの、深夜のクソ眠いテンションで深夜3時だもん。

今日もいい日でした。

風呂入ってストレッチキメて、寝るだ。

もう日付変わってるから、、今日も根性使うぞ。

関連記事